和牛の誕生と松坂牛

By | 2014年2月12日

牛は、日本では農業や運搬のための、役牛として、長い間日本人にとっては、働き手として活躍した家畜です。

農家では、牛耕、牛車など、仕事の道具として必要不可欠な家畜でした。

日本の在来牛は、弥生人とともに朝鮮半島経由で日本にやってきたといわれています。

明治になって、西洋文化とともに、肉食がスタートすると、こうした農耕用の牛では間に合わなくなり、西洋の牛と在来牛との交配により、食用として利用する牛を生産しはじめました。

同時に、食用として味が悪い、役牛として労働力に劣る牛ができあがるといった時期を経て、食用の交雑牛の品質の良いものを、親として使用するという改良が進んでいきました。

その結果、和牛が誕生しました。

前後して、昭和30年代には、農業に機械化の波が訪れ、和牛は肉用としてのみ改良されるようになり、和牛のブランド化も進んでいきました。

松坂牛は特に、生産区域を三重県の松阪市周辺の限られた地域に定め、さらに対象になる牛を、松坂牛個体識別管理システムに登録された黒毛和種、未経産の雌牛に限定しています。

松坂牛は、松阪の生産区域でその生涯最長の肥育期間があり、またそこから移動していないことが条件になっています。

肉は、枝肉格付けをし、システムの条件を満たす必要もあります。

こうして和牛の中でも松坂牛は、厳しい管理のもと、そのブランドを保持しているということも言えるでしょう。